江口寿史氏イラスト“トレパク疑惑”から考える著作権・トレース・限界線

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著作権の種類/違法性/適否/判断基準を整理

最近、イラストレーター江口寿史氏の作品が「無断トレース(通称“トレパク”)ではないか」という疑義が報じられ、広告・販促物での使用が取り下げられたといった動きがあります。これは、イラスト制作・写真利用・商用使用と著作権の兼ね合いという観点でも非常に示唆に富む事案です。
以下では、著作権の種類・トレパクが違法になるパターン・適法となる可能性・トレースの適/不適の境界・複製と翻案の視点・判例を交えた解説・さらに写真・雑誌を参考にする際の注意点を順に整理します。

江口寿史氏によるイラストを起用した「中央線文化祭2025」の告知ヴィジュアル 出典:ルミネ荻窪ウェブサイト

著作権の種類と内容

まず、イラスト・写真・トレース行為に関連する著作権制度を整理します。

著作物性・著作者・著作権者

  • 著作権法は「思想または感情を創作的に表現したもの」であって、「文芸、美術、学術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めています(著作権法2条1項1号)。
  • 著作物となれば、著作者(創作した人)と著作権者(著作者が権利を有する人、譲渡・契約等で変わることも)があります。
  • 写真・イラストも著作物として保護されるためには、創作性(作者の個性・表現選択が反映されていること)が必要とされています。

主な権利(支分権)

著作権法では、著作物を創作した時点で自動的に発生する権利が「著作権」です。主な権利は以下の通りです

種類内容
複製権著作物をコピーする権利
翻案権原作を元に改変・アレンジする権利
公衆送信権SNS等で公開する権利
氏名表示権・同一性保持権作者の名前を表示し、作品を無断で改変されない権利

以下の権利が、イラスト・写真・トレース行為と関わります。

  • 複製権(著作権法28条): 著作物を印刷・写真・複写・録音・録画その他の方法によって有形的に再製する権利。
  • 翻案権(著作権法27条): 著作物を翻訳・編曲・変形・脚色・その他翻案(別の著作物を作成)する権利。
  • 著作者人格権(氏名表示権・同一性保持権・公表権): 例えば、著作者の意に反して著作物を改変されたり名前を表示されなかったりすることを防ぐ。
  • 引用・私的使用の例外規定: 私的使用(著作権法30条)、適法引用(著作権法32条)など、全部・無断ではない利用も認められる場面があります。

写真・雑誌・モデル肖像の注意点

  • 写真も「創作的表現」があれば著作物となります。たとえば、被写体の選択・構図・光線・陰影・色彩の配合など。
  • また、モデルとなる人物の肖像権・パブリシティ権・プライバシー権も関わりうるため、写真を参考にしてイラスト化する際には、単に著作権だけでなくその点も注意が必要です。

トレパクが違法になる/なる可能性がある違反の種類

続いて、「トレース」「模写」「参考」という行為がどのような場合に著作権侵害リスクとなるかを整理します。

違法になりうる典型的行為

  • 他人の著作物(例えば写真・イラスト)を許諾なしそのままトレースして有形的に再製・公開した場合 → 複製権侵害。
  • 他人の著作物を元に、構図・ポーズ・輪郭・衣装等「表現上の本質的な特徴」を残しつつ改変・変形して新たな作品を制作・公開した場合 → 翻案権侵害の可能性。判例でも「既存の作品の表現上の本質的な特徴を直接感得できる場合」が翻案権侵害とされています。
  • 商用利用・広告・配布・広く公衆送信される場合、非営利・私的な範囲を超えるためリスクが高まります。
  • 模倣・無断トレースを指摘されて公表・配布された場合、著作者人格権・名誉毀損等別の法的問題も併発することがあります。

江口氏疑惑との関係での論点

報道によれば、広告用イラストにおいて、Instagram投稿の写真のモデル女性の横顔・構図がほぼ一致しているという指摘が出ています。このような依拠・構図の一致・商用使用という要素がある場合、上記の侵害類型が現実的なリスクとなります。

ルミネ荻窪の中央線文化祭2025イラストとトレース元とされる金井球さんのXでの投稿

「中央線文化祭2025」の告知ヴィジュアル
出典:ルミネ荻窪ウェブサイト
金井球さんのXでの2023年3月20日の投稿

ほかにもいくつかの疑惑がある作品があるようです。
例えばデニーズ竹の塚店のグランドメニューイラストと、ファッション雑誌non-noの写真他、いくつか指摘されているものが存在する用です。

デニーズ竹の塚店のグランドメニューイラスト(左)とファッション雑誌non-no新木優子さんの写真(右)

トレパク作品でも法的にセーフになる可能性があること

ただし、「トレースだから必ず違法」というわけではありません。以下のような条件があれば、法的にセーフとなる可能性があります。

セーフとなりうる条件・論点

  • 参照元を「練習」「個人私的使用」にとどめ、公開・配布をしなければ、私的使用の範囲で複製権侵害とならない可能性があります(著作権法30条)。
  • 参照元を利用したが、創作性を大きく加えて、「元とは別個のオリジナル作品」と評価されるほど改変がなされていれば、翻案・侵害には至らない可能性があります。例えば、参考になったポーズや構図を使って、線・背景・色彩・演出を大きく変えているケース。
  • 参考にした資料が著作権保護の対象となる「表現」ではなく、「アイデア」「構図」「ポーズ」など保護対象外の要素である場合。著作権法は「表現」を保護し、「アイデア・手法・構図」そのものは保護対象ではないという考え方があります。
  • 許諾を得ていた、または著作権者が使用を黙認しているなど、許容されていると判断される状況がある場合。

セーフとなる可能性があっても安心ではない理由

ただし、セーフとなる可能性があるというだけで、実際に侵害ではないと判断されるかどうかは次のような個別事情に依存します。依拠の程度、類似性、改変の程度、公開範囲・商用性、著作物性の有無。判例も判断が明確に分かれており、安心して「トレースしてもいい」と言えるわけではありません。

次の図のように、「模倣」と「創作」の間には明確な境界があります。

このように、どの程度「創作的寄与」があるかが判断の鍵になります。


トレース行為の適・不適の境界線/複製と翻案についての判断ポイント

ここでは、より具体的に「どこまでが適」「どこからが不適」という線引きを、複製・翻案という観点から整理します。

複製 vs 翻案の整理

  • 複製:著作物をほぼそのまま、有形的に同一または実質的に同一のものとして再製すること。
  • 翻案:既存著作物を基に、表現上の本質的特徴を残しながら、変形・修正・改変し、新たな著作物を作ること。
    → トレースが「線までほぼ同じ」「構図・背景・衣装・ポーズが極似」などであれば、複製または翻案にあたる可能性が高くなります。
判定基準複製翻案
表現の一致ほぼ同一改変しても原作の特徴が残る
新たな創作性なし一部あり
法的評価明確な侵害状況により侵害となる

江口氏の事例では、構図やポーズが元の写真に酷似しているとの指摘があり、「翻案」にあたる可能性が議論されました。

境界線を判断するためのポイント

  • 依拠の有無・程度:参照元を知っていたか、どれだけその資料に依拠しているか。偶然似たという可能性も考慮。
  • 類似性の程度:特に「表現上の本質的特徴」がどの程度残されているか。判例ではこれが大きな判断要素です。
  • 改変・創作性の付加:線画・背景・色彩・演出・構図変更などで、参照元とは明らかに異なる独自性を持つか。
  • 利用目的・範囲・商用性:非営利・練習・限定使用であればリスクが低いが、商用・大規模公開などでは慎重を要します。
  • 素材が保護対象か:参照資料が著作物として保護される「創作的表現」を有しているか。反対に、構図・ポーズ・手法など保護対象外のものなら、類似していても侵害とはならない可能性があります。

「限度を超えている」と判断される典型例

  • 参照元の構図・ポーズ・衣装・背景・細部(しわ・指先の動きなど)がほとんどそのまま、識別できるレベルで一致している。
  • 商用利用され、著作権者の許諾もなく広く配布・公開されている。
  • 参照元の著作物の「本質的特徴」が明らかに新作に引き継がれており、単なる「参考」以上の依拠と類似がある。
  • 被写体のモデル・写真素材の肖像権・パブリシティ権が無視・許諾なしに使用されている。

他の判例・助言となる事例

いくつか参考になる判例・論点をご紹介します。

  • 判例では、「既存の著作物の表現上の本質的特徴を、新しい著作物からも直接感得できる程度に類似しているか」が類似性判断の鍵とされています。
  • 例えば、写真を参考にしたイラストで著作権侵害が否定された事例もあります。東京地裁平成30年3月29日判決〔被告が写真を参照してイラストを描き、同人誌で販売した事案〕において、「参照された写真とイラストとの間に、表現上本質的な特徴の直接的感得がない」として侵害を否定しています。
  • また、トレース行為の指摘・告発が「名誉毀損」として争われた事例も報じられており、トレパク疑惑をSNS・ブログで公表する際も慎重な姿勢が求められます。

これらから言えるのは、法的には「トレース=自動的に侵害」というわけではなく、むしろ“どれだけ似ているか”“どれだけ創作性が加えられているか”“参照/依拠の程度”“利用目的・範囲”などが個別に検討されるということです。


写真や雑誌を参考にするときに注意すべきこと

最後に、イラスト制作時に写真・雑誌・ポーズ集などを「参考資料」として使う場合の注意点を整理します。

  • 資料が著作物である場合、その著作権・利用条件を確認(撮影者・モデル・雑誌社など)すること。
  • 模写・トレースではなく、あくまで参考として使い、自分なりの構図・線・色・背景・演出を加えること。
  • 構図・ポーズそのものは保護対象ではないが、写真の具体的表現・衣装・背景・配置などは保護対象となる可能性があるため、これらの“そのまま感”を低減させる配慮が必要です。
  • 商用利用・公開・配布を行うなら、許諾取得・クレジットの付与・契約内容の確認などを行う。
  • モデルの特定可能性・肖像権・パブリシティ権の有無を確認し、モデル使用許諾が取れているかを確認する。
  • 制作/参照資料の記録・改変箇所・使用目的を明確にしておくことで、万一のトラブル時に備えることが望ましい。

まとめ

  • 江口寿史氏の“トレパク疑惑”は、写真→イラスト/広告利用という構図で、著作権(複製・翻案)・肖像権・商用利用の観点から典型的な論点を含んでいます。
  • 著作権法では「表現」が保護され、「アイデア・構図・ポーズ」そのものは保護対象ではないという大原則があります。判例では「表現上の本質的特徴を直接感得できるか」が重要とされています。
  • トレース行為が即違法とは限らず、私的利用・大幅改変・限定公開・許諾取得などの条件を満たせば合法となる可能性もあります。
  • ただし、商用使用/ほぼ同一構図・ポーズ・衣装・背景/無許諾公開/モデル特定可能な肖像使用という要素があると、侵害リスクは高くなります。
  • イラスト制作にあたっては、写真・雑誌などを参考にする際の注意点を守り、クリエイター自身も適法な範囲・倫理的な配慮を持つことが重要です。

トレース行為は一見「参考にしただけ」と見えやすいですが、著作権法上は非常に繊細な問題です。江口寿史氏の件のように、写真をもとにしても独自の表現が加えられていればセーフの余地はあります。しかし、その線引きは専門家でも難しく、「元の作品の創作性をどこまで残しているか」が最大の判断基準になります。


参考文献: