デニーズが江口寿史氏デザインのイラストに関する報告を発表した件について

まず、今回のデニーズからの発表文書は、広告用イラストをめぐる「参照元/許諾」「検証体制」「責任の所在」という観点で、商業広告の現場における著作権リスクを改めて浮き彫りにしたものでした。
一方で、10月26日に投稿された当ブログの記事「江口寿史氏イラスト“トレパク疑惑”~」では、トレース・模写・参考のグレーゾーンを整理し、「構図・ポーズ・衣装・背景がどの程度“依拠”しているか」「商用利用・公開範囲」「参照資料の保護対象性」などを論点としていました。 過去記事参照
この二者をあわせて読むことで、「実務現場でどのように(もしくはどこまで)“参考”“模写”“翻案”が許されるか」という課題が、よりリアルに浮かび上がります。
以下に、まずデニーズ発表の要点を抜粋・整理し、そのあと前回の記事との関連を示しつつ解説・考察を加えます。
デニーズ発表の主な内容(抜粋)
以下、抜粋形式で概要を整理します。
『当社の広告等媒体物(江口寿史氏デザインのイラスト)に関するご報告』より
■ 事実の経緯
「ご周知のとおり、2025年10月、江口氏がイベント用に書き下したイラストがSNS上の写真を参考に作成されたものであると指摘がなされたことに端を発し、当社が2023年9月にメニューブック及びポスターに使用していた江口氏制作のイラストも、商業雑誌に掲載された写真をトレースして作成されている可能性があるとの指摘がありました。そのため、2024年9月に納品された同氏制作のイラストも合わせて…調査を開始いたしました」
■ 調査結果および対応方針
「2024年9月に納品されたイラストにつきましては、江口氏より『雑誌等特定の写真からの引用はない』と回答をいただきました。一方、2023年9月に納品されたイラストにつきましては、権利関係の許諾の必要性についての認識はなく、人物部分に関して商業雑誌からの引用でイラスト制作を行ったとの説明がありました」
「当社といたしましては、制作物に対する確認体制に不備があったと猛省し、今後は同様の事態を繰り返さぬよう、広告デザインの制作過程の再点検、および管理体制の強化を徹底してまいります」
「なお、本件は長年ご一緒してきた江口氏の創作活動ならびに生み出された作品の数々に対する我々の敬意は、変わるものではございません」
「本件により、多大なるご迷惑とご心配をおかけいたしました全ての関係者の皆様、ならびに、引用元となった写真を制作された方々に対し、重ねて深くお詫び申し上げます」
前回記事との関連・論点整理
前回の記事では、トレース/模写/参考という行為は一律に「違法」というわけではなく、次のような判断要素があると整理しました:
- 参照元をどれだけ“依拠”しているか(知っていたか、どの程度似ているか)
- 類似性の程度:構図・ポーズ・衣装・背景・細部がどこまで一致しているか
- 改変・創作性の付加:参照元からどれくらいオリジナル性を加えたか
- 利用目的・範囲・商用性:非営利・限定公開と、商用・広範囲公開ではリスクが変わる
- 参照資料が著作物として保護対象かどうか:アイデア・構図自体は保護対象ではないが、具体的表現(写真の撮影構図・衣装・背景など)は保護対象になりうる
この整理を、デニーズの発表内容と照らすと、次のような論点が浮かび上がります。

1. 「引用」/「参照」の言葉遣い
デニーズの文書では「商業雑誌からの引用でイラスト制作を行った」という説明が記載されています。これは「参考にした」というよりも「写真をベースにした可能性がある/実際に依拠した」との説明です。
前回記事で整理したように、「参照した」で済むか、「ほぼ同一構図・ポーズ・衣装・背景をトレースした」と言えるかの線引きが、著作権判断の鍵です。デニーズ側が「引用」という表現を使っている点に、「どこまで改変したか/どこまで元に依拠したか」が明示されていないという懸念があります。
さらに、クリエイター・発注側ともに「引用=合法」と誤解して使ってきた実務慣行が透けて見えます。
2. 発注側の確認体制の責任
デニーズ側は「確認体制に不備があったと猛省」としています。つまり、イラスト制作を委託した側(発注側)にも、参照元のチェック・許諾状況の確認・制作過程の監督責任があるということが明文化されました。前回記事でも「商用利用・公開・配布を行うなら、許諾取得・クレジットの付与・契約内容の確認などを行うべき」としています。
発注側が「クリエイターに任せたから責任なし」という態度では、こうしたトラブルは今後も再発する可能性があります。
3. クリエイター側の「許諾認識」の欠如
デニーズの発表によれば、2023年9月納品分については「権利関係の許諾の必要性についての認識はなかった」との説明があったとしています。これは、プロとして商業仕事を請けてきたクリエイターにしては非常に重大な認識漏れと言えます。
前回記事では、模写・トレース行為が「私的使用」や「大きく改変された作品」であれば合法となる可能性がある一方、商用利用・ほぼ同一構図・無許諾の場合は侵害リスクが高まると整理しました。 今回のケースは、まさに後者の条件を備えていた可能性が高いと言えます。
4. 商用広告利用という高リスクの現場
今回問題となったイラストは、メニューブック・ポスター・イベント告知など、商用広告媒体として使用されたものです。前回記事でも「商用利用・広告・配布・広く公衆送信される場合、非営利・私的な範囲を超えるためリスクが高まる」と整理しました。
つまり、たとえ“似ているだけ”とクリエイターが思っていたとしても、広告媒体という用途がその行為を合法の枠から逸脱させる可能性があります。
5. 敬意や関係継続の表明と透明性の限界
デニーズは「長年ご一緒してきた江口氏の創作活動ならびに生み出された作品の数々に対する敬意は変わるものではございません」と記載しています。これは“クリエイターとしての敬意を払う”という表現ですが、同時に「具体的な補償の提示」「引用元写真作者への個別対応」「今後の契約・許諾プロセスの具体化」などについての説明は限定的です。
前回記事も提示したように、トレース行為の適否は「どれだけ改変したか」「どれだけ依拠しているか」が重要ですが、発表文書にはその改変内容・依拠度・具体的写真元との関係性などの明細が乏しいため、読者/クリエイター/発注側のいずれにとっても“安心できる説明”には至っていないという声も出ています。
まとめ & 今後の示唆
今回のデニーズの報告を受けて、クリエイター・発注側双方にとって教訓となるポイントを整理します。
クリエイター(イラストレーター・デザイナー)への示唆
- 商業媒体(広告・ポスター・メニューブックなど)での使用を想定する場合、参照元の写真・雑誌・SNS投稿等が著作物として保護対象となる可能性を必ず認識する必要があります。
- 「参照」「参考にしたから問題ない」と考える前に、「構図・ポーズ・衣装・背景などどれだけ依拠しているか」「どれだけ改変を加えたか」「公開・商用範囲はどうか」を自問すべきです。
- 発注・委託契約時に、参照資料の許諾状況・原資料の出典・改変箇所・使用範囲・補償責任などを明文化しておくことが望ましいです。
- もしトレース的な行為に頼るのであれば、少なくとも「練習用途」「非公開用途」に留めるか、許諾を取得した上で「翻案」として明らかに改変を加えた作品であることを自ら証できるような記録(制作ログ・改変箇所・参照元情報)を残すことがリスク軽減につながります(前回記事で整理した条件)。
発注側(企業・広告代理店・ブランド)への示唆
- クリエイターに制作を依頼する際、「参照資料があるか」「許諾を取得しているか」「委託契約に著作権・翻案・派生物・使用範囲・補償・撤下条項などが明文化されているか」を確認すべきです。
- 制作物が公開・配布・商用使用される媒体であれば、事前チェックだけでなく納品前/納品後の検証体制(構図・参照元・類似性など)を設けておくことが重要です。今回デニーズは「確認体制に不備があった」と反省しています。 デニーズ
- 問題が発生した場合に備え、「誰が何に責任を持つのか」「補償・回収・説明対応はどうするのか」といった対応プランを事前に策定しておくことが、ブランドリスクの低減につながります。
制作環境・クリエイティブ業界全体への示唆
- 今回の事案は、長年“慣習として行われてきた”デザイナー/イラストレーターの参照・模写行為が、商用利用・広告用途という舞台では「グレーだった」ことをあらためて可視化しました。
- 特にSNS・雑誌・写真投稿がリアルタイムで流通・拡散する現代では、制作物の構図・ポーズ・モデル・背景が“元ネタありき”と見られる可能性が高く、クリエイター・発注側ともに“30年前の常識”では通用しない環境になっています。
- 前回の記事で整理したように、「アイデア・構図・ポーズは保護対象ではないが、具体的表現(衣装・背景・写真構図)は保護対象になりうる」ことを、制作現場で実務レベルに落とし込む必要があります。
- また、消費者/ファンが「構図が似ている」「写真とほぼ同じ」という指摘をSNSで行う時代です。クリエイター・発注側ともに、透明性・説明責任・記録管理を持つことが信頼維持につながります。
結びに
今回のデニーズ報告は、単に一企業の「広告イラストの確認不足」という話にとどまらず、クリエイター・ブランド・発注先が交錯する「著作権・トレース・翻案の限界線」を改めて問う契機となりました。
前回のtuglog記事で整理した理論的な判断枠組みが、実務上どのように“ズレ”を生んでしまったかを、このケースを通じて具体的に読み解くことができます。
クリエイターとして、自らの作品のオリジナル性・参照元の扱い・契約範囲を明確にし、発注側としては、外注・委託先の制作物に鑑みて体制・契約・検証プロセスを整えることが、これからの制作環境では必須と言えるでしょう。











